※この話は、過去に書いていた育児日記を元にしています。
感情を吐き出すために書いていた日記
小学4年生の秋ごろ、
私は自分の感情をコントロールできなくなり、
日記に怒りを記載し落ち着く方法をとっていました。
怒り。絶望。疲労を全部文字にして、
「これで落ち着けるはず」と必死でした。
一度は消したはずのその日記を、
このブログをきっかけにデータを復元しました。
軽い気持ちで読み返し、凍りました。
そこには
感情に飲み込まれ、発狂している大人の姿がありました。
発狂のきっかけは娘です。
でも、私は大人、なのに娘と対等に戦っていました。
娘が攻撃性が強くなった原因は、私の対応の失敗だと思います。
私は、おそろしい母親でした。
これは反省をこめた記録です。
そして、反面教師にしていただき同じ道をたどらないでほしいと思います。
※日記は2019年10月〜2022年9月に書かれたものです。
日記より① 激怒の一線を越えた母の失敗談
2019年10月24日 小学4年生|歯みがき地獄の日
※原文はあまりに荒れているため、一部だけ要約します。
娘が歯磨きを嫌がる。
夜10時前、アイスを食べたいと言われたが、
時間も遅く、雨も降っていたので断った。
すると娘は、家にあった菓子パンを食べた。
そのあと歯を磨くよう促したが、強く拒否。
そのまま寝てしまったため、起こした。
娘は激昂し、
私の髪の毛を強く引っ張り、発狂した。
そのときの私は、
耳を塞ぎ、泣きながら耐えていた。
しかし、次第に怒りが込み上げ、
私も完全にブチギレた。
また寝た娘の首根っこを掴んで起こし、
罵声を浴びせた。
娘が反抗してきたため、
強く抑え込み、もみくちゃになった。
そして最後、
怒りが頂点に達し、娘の顔を叩いた。
私は
「私の髪を引っ張るな」
と何度も叫び続けた。
しかし娘は無視し、そのまま眠った。
私はいつもの決め台詞、
「スマホ没収するから」と言い、
スマホを隠して罰を与えた。
それで、私は気が済み、落ち着いた。
布団を別の部屋に移動し、
一人で就寝した。
当時の日記に残っていた言葉
その日の感情として、こう書いてありました。
クソガキ、放棄したい、無視してやる、私の前から消え失せろ、この子を育てるくらいなら死んだほうがマシ、早く死にたい。つらい、助けて、娘が嫌い、一人になりたい。
文字にすると、だいぶ病んでます。
7年経って、冷静に読み返して思ったこと
当時の私は言い訳、
「先に暴力を振るってきたのは娘」
「同じことをして、わからせただけ」
という気持ちで暴力を振るった自分を正当化していました。
自分が、情けなくて泣けます。
歯磨きなんて、しなくたっていいじゃないか。
一晩くらい、どうでもいい。
私は髪を引っ張られてキレてしまったのだろう。
でも、寝ているところを起こされた娘の方が、
よほど怖くて、つらかったはずだ。
首根っこを掴まれて起こされて、
怒らない人なんていない。
髪を引っ張られたのも、
ある意味、当然の反応だったかもしれない。
なんて可哀想なことをしたのだろう。
このときの恐怖や不信感が、
今も娘の中に残っていて、
私への反抗や距離感につながっているのだと思う。
今更ながら思うこと
このときはまだ発達障害の診断がついていませんでした。
もし、娘の特性が早くわかっていたら、
私も余裕を持って関われたかもしれません。
「もっと早く診断されたかった。
なんどでも、病院に連れて行けばよかった。」
そう思う日が、今でもあります。
どこにいっても「様子を見ましょう」と言われ、
それを信じていました。
でも結果、一番苦しかったのは娘で、
次に苦しかったのは私でした。
このブログを読んでいるあなたへ
もし、いま
発達障害の子育てで限界にいるなら。
怒りが止まらないなら。
「この子のせいで人生が壊れる」と思っているなら。
一度、立ち止まってください。
壊れるのは、子どもではなく、
あとで自分です。
私はその道を通りました。
だから、書いています。
これは武勇伝でも、笑い話でもありません。
本気の失敗談です。
このあと、いま私にできること
過去は消せません。
今の私ができるのは、娘に謝罪することだけ。
定期的に、当時のことを謝る
先日、娘に謝りました。
私からの謝罪にすこし嬉しそうにしてました。
でも、一度きりじゃなく定期的に謝る必要があると思っています。
思春期なので、タイミングは超重要で、
機嫌がいいときだけにしています。
「昔、私が怒りすぎていた」
「傷つけてしまった、本当にごめんね」
長い説明はしません。
言い訳もしません。
正当化もしません。
ただ、
私が悪かった
あなたを傷つけた
そこだけを、何度でも伝えます。
今さら?と思われてもいい
なぜなら、
傷つけたのは私で、
癒えるまでの時間を決める権利は、娘にあるからです。
今すぐ仲良くなれなくてもいい。
信頼が戻らなくてもいい。
「この人は、自分の非を認める大人だ」
それだけでも、残せたらいいと思っています。
まだまだ、正直やばい日記は残っています。
また、書きます。

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