桜丘中学校へ通うまでの半年間のお話です。
ギリギリ母桜丘中学校元校長 西郷先生の書籍おすすめ
生徒話し合って校則が消えた!こんな先生がもっと増えてほしい。西郷先生のいる時に通わせてあげたかった!!
世田谷で見た13万円の部屋を、迷わず契約した理由
7月。
1泊2日で東京へ物件下見に行きました。
事前に予約していた物件を、3件、4件と見て回りました。
予算は11万円。
でも、最後に決めたのは13万円の部屋でした。
予算オーバーです。
それでも、ほとんど迷いませんでした。
理由はひとつ。
娘の個室です。
それまで住んでいた2DKには、完全に一人になれる部屋がありませんでした。
誰の気配もない場所。
誰にも見られない場所。
それが、この子には必要でした。
環境の変化に弱い子にとって、
「逃げ場がある」というのは、生きていくための条件です。
家賃は高い。
でも、あの部屋を見たとき、
ここなら大丈夫かもしれないと思いました。
それだけで、十分でした。
小学校、中学校までは徒歩10分程度。
最寄駅までは15分ほど。
それと、街の様子は
世田谷といっても、想像していたような高級住宅街ではなく、
静かで、安いスーパーもあって親しみやすい街でした。
荒れている様子もなく、ただ、安全に人が暮らしていました。
それだけで、少し安心しました。
引っ越したあとに知った「東京都の手厚い手当」という事実
引っ越してから知りました。
東京都は、ひとり親への支援が手厚い。
児童育成手当は、月額13,500円。
正直に言うと、かなり救われました。
家賃を上げたことへの不安は、ずっとありました。
でも、この支援のおかげで、なんとか生活の形が見えました。
知らないまま来たけれど、
結果的には、生活はギリギリセーフでした。
世田谷の小学校は「壁がない教室」でした
8月に引っ越しました。
新しい小学校は、普通の公立小学校です。
でも、校舎を見たとき、少し驚きました。
教室と廊下の間に、壁がありませんでした。
完全に閉じた箱ではなく、
大きな空間の中に教室があるような構造でした。
閉じ込められている感じがしない。
それは、娘に合っている気がしました。
「問題のある子」ではなく、「理解が必要な子」として扱ってくれた先生
転入前に、小学校へ電話をしました。
娘のことを話しました。
環境の変化に弱いこと。
特性があること。
不安定になることがあること。
担任の先生とも、事前に面談しました。
理解のある先生でした。
配慮のある神対応を何度もしていただきました。
そして、特別扱いせず、構えすぎず、でも軽くも扱わない。
ちょうどいい距離で、話を聞いてくれました。
実際に通い始めてからも、娘はいくつか問題はありましたが、
無理に矯正させようとはしませんでした。めちゃくちゃありがたかったです。
最初の1ヶ月だけ、奇跡みたいに普通に通えていた
最初の1ヶ月。
娘は遅刻せずに通っていました。
奇跡みたいでした。
でも、それは長くは続きませんでした。
少しずつ、遅刻が増えました。
2時間目から行く日。
休む日。
いじめはありませんでした。
でも、「居場所がある」とは違ったのだと思います。
すでに完成している人間関係の中に入るのは、
それだけで消耗します。
仲のいい子はできました。
それでも、学校は遠い場所のままでした。
修学旅行は、最後まで「行きたくない」と言っていた
修学旅行を、娘は嫌がりました。
学校は配慮してくれました。
安心できるメンバーにしてくれました。
それでも、行きたくないと言いました。
最終的には、無理矢理、行かせました。
帰ってきたときは、普通に楽しそうに話していましたが、でも今でも、「行きたくなかった」と言います。
あの頃の娘にとって、
知らない人の中にいること自体が、すでに限界だったのだと思います。
それでも、引っ越してよかったと思えた瞬間があった
あとから娘は言いました。
知らない土地で、知らない人ばかりの学校に入るのは、
本当に怖かった、と。
それでも、よかったことがひとつあります。
中学校に入学するとき、
小学校で知り合った子と、同じクラスにしてもらえました。
知っている人がいる。
それだけで、世界の難易度は下がります。
ゼロからじゃない。
それは大きな違いでした。
次回:自由なはずの桜丘中学校で、娘に起きたこと
こうして、桜丘中学校に通う準備が整いました。
期待もありました。
不安もありました。
そして実際に入学して、
ネットでは見えなかった現実を知ることになります。
自由な学校とは、どういう場所なのか。
娘にとって、それは救いだったのか。
それとも、違ったのか。











コメント