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小6で起きた暴力的指導の全貌
小学6年生 5月のGW明けに事件が起こりました
夕方、娘が帰ってきて泣きながら何があったか聞きました。
体育館での特別授業、突然の排除
その日は
1年生との交流を目的とした特別授業があり、娘はペアになる1年生との交流を楽しみにしていました。
ところが直前になり、
担任のN先生から突然こう言われたそうです。
「あなたは参加しないで。話し合いに来てください。」
理由の説明はありませんでした。
娘の「他の時間にしてほしい」は理由も説明なしに無視
娘は、
「1年生のペアの子が可哀想なので他の時間にしてください」とお願いしました。
それでもN先生は、なぜその時間でないのか説明なしに
「ダメです」
と取り合いませんでした。
納得できなかった娘は、
体育館へ向かうクラスの列の最後尾に並びました。
「痛い」と言っても離してくれなかったN先生
娘はN先生を無視して体育館に向かおうとしました。
その瞬間、N先生が娘の腕をつかみ、引っ張って離しませんでした。
娘の言い分
「痛い痛い、離してください」と言ったがが離してくれないから、N先生の腕を払った。
この様子を見ていた隣のクラスのG先生が加わり、両手を広げて道をふさぎ、娘が体育館に行かないように通せんぼしました。
このやり取りはしばらく続き、娘は体育館に行くのを諦めました。
その後、他の先生に助けを求めて教室で待機することになります。
この一件で、N先生がしたかった話し合いは行われませんでした。
そして、娘の腕には目で見てわかるアザのような赤い跡が残りました。
この後、校長室で起きた出来事については、娘から後日、より詳しく聞くことになります。
緊急会議? 急遽、学校からの呼び出しの理由
娘からアザができた経緯を聞いている最中、学校から連絡があり学校に呼び出されました。
呼び出しは子ども抜きで、
私と、もう一人Sちゃんのお母さんの二人だけでした。
教室に入ると、
校長、各担任、学年主任など、たしか6人ほどが横一列に並んで座っていました。
その正面に、私たち保護者二人の机。
この時点で、すでに異様な雰囲気でした。
形だけの謝罪
話は校長先生から始まりました。
まず、
「本日あったことの説明」と
「怪我をさせてしまったことへの謝罪」がありました。
ただし、それは本当に手短なもので、
正当防衛によるできた娘の怪我、という主張が含まれていました。
謝罪は最低限で、この件自体は“大ごとではない”と言いたい印象を受けました。
本題は「娘たちの問題行動」???
本題は別でした。
今日保護者を呼び出した理由が語られました。
それは、娘とSちゃんの最近の問題行動についてでした。
- 授業中に教室を抜け出すことがある
- 水を飲みに行くと許可を取るが、戻ってこない
- それをSちゃんと一緒にしている
- 友達との揉め事(それはあまり深掘りせず)
そして学校との3つの約束を守ってほしいという話。
- 授業中、教室から出ない
- 時刻を守る
- 友達に嫌なことを言わない
これを家庭からも話して欲しい。という話でした。
責められる保護者は学校側のカモフラージュ?!
内容は終始、
「お宅の娘のせいで困っている」
「すべて問題を起こす生徒が悪い」
と言われているように感じました。
私は小さくなりながら、
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「家でも話します」
と答えていた記憶があります。
今振り返ると、うまく丸めこめられました。
これは学校側が起こした暴行事件を、娘の問題行動で覆い隠すための呼び出しだったのではないかと思います。
病院で診断は右前腕打撲傷
帰宅後、冷静になった私は学校の一方的な主張に強い怒りを感じました。
その日のうちに、夜遅くまで診察している病院へ娘を連れて行き、診断書をもらいました。
診断書
〈傷病名〉右前腕打撲傷
右前腕に2箇所、皮下出血斑あり。
圧痛は軽度、腫脹は認められなかったため、追加検査は不要と判断。
治癒見込み期間は約7日。
ただし症状の増悪があれば、再診を要する場合がある。
正直、大怪我ではなく、跡に残るようなものでもなさそうでした。
それでも、今回の件に対する学校側の態度だけは、どうしても許せませんでした。
子どもを守らない学校のトップ
その後から、私は校長先生とメールでやり取りをすることになります。
あとから分かったことですが、
今回のすべての出来事の起点にいたのは、この校長先生でした。
表では「冷静で配慮のある女性の校長」。
裏側で、都合の悪い事実を消し、
表に出さないよう調整していました。
誰が悪かったのかは曖昧に。
学校の非は最小限に。
子どもの問題行動だけが強調される構図。
問題を解決する人ではなく、
問題をなかったことにする人でした。
この校長先生とのやり取りは長期にわたり、
私を精神的に少しずつ疲弊させていきました。
何を言っても、話はかみ合わない。
責任の所在は曖昧なまま。
それでも「学校として問題はない」という結論だけは動かない。
校長という立場を使い、
すべてを“学校側に都合よく収める”。
この校長先生こそが、
私たち親子を追い詰めた“本当の原因”でした。
「こんな学校に、1日も通わせたくない」
そう思うようになるまで、
時間はかかりませんでした。
次回は、アザ事件の直後におきた出来事「謝罪ゼロ!? 衝撃の校長室でのやり取り全記録」です。


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