通級指導教室は効果があった?小学4年生|発達障害グレーの1年間

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優秀な女性担任ですべてが良い方向に

小学4年生の担任は、中年のさっぱりした女性の先生。
この先生が、とにかく良かった。

これまでで一番、娘と相性の良い担任でした。

「娘さんはとても簡単ですよ。
褒めれば進んで行動してくれます。
正直、何も困っていません」

そう言われた時は、驚きました。

通級の効果もあったと思いますが、
遅刻は1時間目の途中くらいが多かったものの、欠席はかなり少なく、
全体としてはよく学校に通えていた1年だったと思います。

学校からの報告(4年生)

学校での報告内容も、3年生とは大きく変わりました。

  • 友達トラブルは激減
  • 忘れ物・置き忘れは目立つ
  • 何も考えずに出る言動が、トラブルになることはまだある
  • 学力は小3より向上し、テストは平均点
  • 苦手なこと
    • 読み(読み間違い・とばし読み)
    • 姿勢を保つことが難しい

「困りごとはあるけれど、荒れてはいない」
そんな状態でした。

担任が効果的だった関わり方

担任の先生が意識してくれていた対応です。

  • 指示は短く、わかりやすい言葉で
  • 注意や指導をするときは、必ず理由を添える
  • 興奮しているときは、まず落ち着く時間を設ける
     → その後、1対1で話す
  • 細かく管理しすぎず、寄り添いと理解を示す
  • 授業中は1時間に1回は声かけ
  • 困っていそうな時はすぐ対応
  • 整理整頓については定期的に声かけ

担任が避けていた対応

逆に、意識的に避けていたことも教えてもらいました。

  • 頭ごなしの指導・注意
  • 長い説明
    (本人が飽きてしまい、要点をまとめきれないため)

「わかっている先生だな」と、何度も思いました。

通級が始まりました

小学4年生から、情緒障害通級指導教室がスタート。
通っている小学校には通級クラスがなかったため、私が車で15分ほどかけて別の小学校へ送迎します。

通級は週1回、毎週金曜日。
1〜2時間目を受け、終わったら自分の学校へ戻るという流れでした。

通級の目的

正式名称は
情緒障害通級指導教室

目的は、
怒りのコントロールが難しい子、
友達との関わりがうまくいきにくい子に対して、

  1. 自分の気持ちを表す言葉を増やし、感情を言葉で伝える練習
  2. 気持ちの切り替え方を知り、教師と一緒に練習してスキルとして身につける

というものでした。

通級で行った内容と成果

通級はマンツーマンで行いました。同じ時間に来ている子が1人いましたが担当先生は別でたまにグループワークやゲームも一緒に行いました。

お話しタイム

学校や家庭での出来事を話し、
それに対する感想や自分の思いを言葉で表現する練習をしました。

怒った出来事についても、

  • 「イラついた」「嫌だった」で終わらせず
  • その前にあった一次感情に気づかせる
  • 感情に名前をつける(感情のラベリング)

を丁寧に行ってくれました。

本人が納得できるように説明すると、
「へぇ、そうかな」と腑に落ちる場面も多かったです。

SSTワークとアンガーマネジメント

SST(ソーシャルスキルトレーニング)ワークを使い、
さまざまな感情があることを学びました。

特に怒りについては、
アンガーマネジメントを重点的に。

  • 怒りは「自分を守る感情」でもある
  • でも、使い方を間違えると損をする

という説明は、娘にはとても効果的でした。

娘は「損得」で考える説明が合っていたようです。

また、

  • 勝ち負けのあるゲーム
  • うまくいかない経験
  • 負けた時に「まあいいか」「仕方ない」と言葉にする練習

結果ではなく、
そこまで取り組んだ過程を評価する関わりをしてもらいました。

年度当初と比べると、
自分から「仕方ないね」と言って切り替えられる場面が増えていました。

通級に通ってみて

正直、通級は少し面倒に感じる日もありました。
でも、行けば行ったで楽しい時間だったようで、
「行きたくない」と言うことはありませんでした。

私の「行きなさい圧」を感じていた可能性はありますが、
少なくとも居心地の悪い場所ではなかったと思います。

たまに欠席はありましたが、
9割くらいは通えました。

ここでは特に問題もなく、
作文が驚くほど上手になっていました。

小学5年生からは月1回に

比較的穏やかに過ごせた小学4年生。
その結果、小学5年生からの通級は
月1回で大丈夫という判断になりました。

この先も、順調にいくとは限りませんが、
「この時期は、確実に支援が効いていた、このままいけばもう娘は大丈夫だろう」
そう思える1年でした。

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