娘の誕生から3歳までの成長と初めての大癇癪〜発達障害の兆し

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※この記事で使用している一部の写真はAIを用いて生成した画像です。
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出生〜海外での出産

娘を出産したのは、海外(いわゆる発展途上国)でした。
たしか私が31歳のときです。

妊娠中、体調自体は特に問題はありませんでしたが、
生活環境には正直かなり苦労していた記憶があります。
(母子手帳もほぼ白紙で、今となってはうろ覚えです…)

出産は普通分娩の予定でしたが、なかなか赤ちゃんが出てこず、
最終的には鉗子(かんし)分娩で娘が誕生しました。
体重は2700g前後だったと思います。

幸い、娘は大きな問題もなく、元気に育ってくれました。

ただ、今振り返って少し気になっているのがワクチンのことです。
海外では一度に複数種類のワクチンを接種することが多く、
そのたびに娘は高熱を出していました。

最近になって、アメリカでは一部で
「ワクチンと自閉症の関連」を示唆する研究があったことを知りました
(現在は多くが否定されていますが)。
当時は何も考えていませんでしたが、
親になった今だからこそ、少し引っかかる部分ではあります。

その後、夫が突然亡くなり(この話は別記事で書く予定です)、
私は娘を連れて日本へ帰国しました。
両親の助けを借りながら、必死に、でも大切に娘を育ててきました

3歳、はじめての手に負えない大癇癪

娘の成長は、全体としては順調でした。
癇癪は多い子でしたが、当時は「こういう性格なのかな」
くらいに思っていて、特別気にしてはいませんでした。

転機になったのは、3歳ごろのことです。

ある日、電車を待っていたとき、
理由は今でもよく分からないのですが、
娘が突然、完全に手に負えないほどの大癇癪を起こしました。

言葉でうまく伝えられない娘と、
何が起きているのか分からない私。

結局、電車には乗れず、
暴れる娘を抱きかかえてその場を離れるしかありませんでした。

落ち着くまで抱き続けたあの感触は、
今でも忘れられません。
まるで生きたカツオを抱えているようで、
なぜか大昔のハトヤのCMが頭をよぎったほどです。

この出来事で、私は初めて
「子育てって、怖いな」と本気で思いました。

とはいえ、その大癇癪のあと半年ほどは、
癇癪もいわゆるイヤイヤ期の範囲に収まり、
この時点では発達障害を疑うことはありませんでした。

人見知りというより新しい場所が苦手?これって場面緘黙症?

娘は私にべったりで、自己主張の強いタイプでした。
一方で、新しい場所に行くのがとても苦手でした。

家ではよくしゃべるのに、
初めての場所に行くと急に無口になり、
私から一歩も離れなくなる。

子どもと遊びたい気持ちはあるのに、
私と離れるのは嫌。
その結果、私の手を引いて
「一緒なら遊べる」という、少し不思議な行動をとることもありました。

あまりにも固まってしまう様子に違和感を覚え、
当時インターネットで調べてみたところ、
「場面緘黙(かんもく)症」という言葉を知りました。

「もしかして…?」と、
一瞬だけですが、頭をよぎったのを覚えています。

幼少期は、自分から輪に入るのが苦手でしたが、
小学校に入るころには、
ひとりでいるよりは無理をしてでも輪に入ろうとしていたように見えました。

「慣れれば大丈夫かもしれない」
そう思って、いろいろな初めての場所にも連れ回しました。
それが正しかったのかどうかは、今でも分かりません。

ただ、この頃から少しずつ、
「人見知り」や「恥ずかしがり屋」だけでは
説明しきれない違和感が積み重なっていきました。

そして3歳のころ、
後から振り返ると「最初のサインだったのかもしれない」
と思える出来事が、いくつか現れ始めたのです。

次の記事では、その最初のサインと、
短期の幼稚園留学で見えた娘の行動について書いていこうと思います。

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