担任が変わり、学校に行けるようになった
小学2年生の3学期にチック症が出た娘。
スクールワーカーに相談し、
「発達障害(当時はグレー)の特性に理解がある先生を担任にしてほしい」
と要望を出しました。
3年生の担任は、教師2年目の若くて人気のある男性の先生。
とにかく一生懸命で、子どもたちをよく見てくれる、感じのいい先生でした。
ちなみに、この時に頼っていたスクールワーカーは年度末で交代。
「プライベートな内容なので引き継ぎはできません」と言われ、なんともイケていないシステムだな…と強く感じたのを覚えています。
チック症状は、ぱったりと消えた
3年生になると、娘は学校に楽しく通い始め、
チック症状は本当にぱったりと治まりました。
環境が変わるだけで、ここまで変わるのかと驚いた反面、
「じゃあやっぱり2年生の担任がよくなかったんだ」とも思いました。
ストレスは少ない。でも、やっぱり行き渋り
学校に楽しく通った方ですが、平和になったわけではありません。
3年生は、
本人はストレスが少ないけれど、周りはとても大変
という1年でした。
学校にはスムーズに行ける日もあれば、
1〜2時間目くらいから登校する日もありました。
音楽の授業がどうしても無理だった
特に大きかったのが、音楽の授業。
音楽の厳しい先生がどうしても苦手で、
音楽がある日は学校に行き渋る。
・音楽がある日は遅刻して登校
・音楽の授業が始まっても教室に残る
担任が教室にいると安心して残るので、
あえて担任が教室を出る。
そうすると、
一人が嫌なので10〜15分くらいすると音楽室に行く。
若い先生に柔軟な対応をしてくれました。
学校から届く報告は、想像以上だった
そんな3年生、学校からはさまざまな報告がありました。
学校での様子
- イライラしている時に無理な指導をすると教室を飛び出す
→廊下の隅でクールダウン後に戻ることもあれば、そのまま勝手に帰宅することも - 「〜しなさい」という指導がなかなか通らない
- 理科で砂鉄が磁石につく様子を異常に嫌がる
- プールでぬれた足に砂がつくと過敏に反応
- 国語の音読が苦手、滑舌がやや悪い(特に「さしすせそ」)
- テストを拒否し、3学期後半はテストを受けない
- 算数をつまずき始めていた
- 教科書や道具をすべて学校に置きっぱなし
- 給食の食べる全体量が少ない
- 友達のマナーを細かく指摘する
家では、ずっと反抗期のような毎日
家での様子
- こだわりが強いのに、行動にムラがあり読めない
- とにかく頑固で指示が通らない
- 忘れ物がすごい、学校準備がほぼできない
- 学習の誤りを指摘しても「これでいい」と直さない
- 家では足を上げて食事
- 歯磨きを拒絶
今なら「特性」と言えますが、
当時の私は怒ってばかりで親子関係は悪くなる一方でした。
ちょっと笑っちゃう忘れられない問題行動
この頃は、
「それ、どうしてそうなる?」
という行動が次々と起こります。
親の私ですら理解が追いつかず、
先生たちも相当振り回されていたと思います。
今でも強烈に覚えているエピソードをいくつか書きます。
靴下で学校から帰ってきた
学校が嫌になると、勝手に帰ってくる子でした。
ある日、担任が
「今日はもう靴を職員室に預かっています」
と伝えたところ、
靴下のまま歩いて家に帰ってきました。
娘は、とにかく予測不能でした。
意気揚々と帰ってくる時もあれば、
泣きながら帰ってくる時もあり、
「もう外で働くのは無理だな…」と本気で思いました。
担任の先生は、何度も学校周辺や自宅まで探し回ってくれたそうです。
最後に「忘れられない生徒です」と言ってました。
口喧嘩は勝つ
言葉が達者で、人を怒らせるのも上手。
お友達のRさんをからかって怒らせ、
上履きで叩かれると、
今度は Rさんの家に突撃してお母さんに自分の被害を訴えにいったそうです。
その件でRさんのお母さんが謝罪に来てくれましたが、
その場でもお口が達者で口論が始まります。
なぜこうなったのかを理詰めで説明し、
相手を論破するような言い方をして、
結果、仲はかなりこじれました。
漫画みたいな喧嘩
仲の良いSちゃんとは、よく喧嘩します。
Sちゃんに髪をつかまれたら、掴み返す。
二人で髪の毛を引っ張り合い、
痛くて二人とも泣きながら引っ張り合う。
完全に漫画です。
プロレスラーかと思いました。
それでもSちゃんとは、その後も仲良しでした。
ただ、
こうした出来事が続く中で、
「学校での困りごと」が少しずつ積み重なっていきます。
先生や学校とのやりとりも増え、
この頃から、
発達支援センターで「通級」をすすめられるようになりました。
その話は、また次の記事で書こうと思います。

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